東京地方裁判所 昭和27年(ヨ)4009号 決定 1952年6月27日
申請人 佐藤義一 外七名
被申請人 雅叙園観光株式会社
主文
申請人佐藤義一、同武田春秋、同町居清、同高橋光喜、同加賀沢邦晴、同難波昇、同飯田弘造と被申請人との間において、昭和二十六年十二月二十日に成立した各雇傭契約解除の合意の効力を停止する。
申請人斎藤に対し、被申請人が、昭和二十七年二月十七日附にてなした懲戒解雇の意思表示の効力を停止する。
理由
第一申請の趣旨並びに理由
申請人等は、申請人斎藤由起子に対し、被申請人が昭和二十七年二月十七日附でなした懲戒解雇の意思表示及び被申請人が、その余の申請人等に対し昭和二十六年十二月二十日附にてなした依願解雇の意思表示の効力を停止するとの仮処分命令を求め、その理由の要旨は、
一、申請人等は、いずれも、被申請人会社に雇傭され、被申請人肩書地所在の同社本店の従業員として、勤務していたが、右本店の従業員は、雅叙園観光従業員組合(以下組合と略称する)を組織し、申請人佐藤義一は組合長、その他の申請人武田春秋、同加賀沢邦晴、同町居清、同高橋光喜、同難波昇はいずれもその執行委員であつた。
二、右組合は、昭和二十六年十一月十三日に被申請人に対して三十六%の賃上げ(一万四千円ベース)と新ベースによる一ケ月分の賞与の支給を要求し、その後団体交渉を重ねたが終に十二月十七日午後二時に交渉が決裂し、ストライキが開始されるに至つた。而してその間十二月十六日に組合員によつてストライキ権の行使が可決されるとともに、闘争委員会が組織され、前記の執行委員たる申請人等はいずれも闘争委員を兼ねまた申請人飯田弘造は青年行動隊長に選出され本件ストライキの指導の任に当つた。
三、而して被申請人は、組合がストライキに突入する前よりボクサー力士等の暴力団を会社構内に引入れ、組合員相互の連絡或いは館内の通行を妨害し、はては、ピケツト中の組合員にも干渉するに至り、また被申請人はストライキ参加の組合員の個人的切崩しを行なつたので、右同月十九日午後には、ストライキ参加者が僅か五十名位に減少した。そこで右組合の加盟する全日本ホテルレストラン従業員組合連合会(以下ホテル従連と略称する)の会長春日藤喜は、右同日、被申請人代表者松尾国三に面会して、右ストライキの收拾方を申入れたところ、同人は闘争委員全員が進退伺を出さなければ、組合がストライキを中止しても、組合員を就業させない旨を表明し更に組合が右の会社提案を受諾して、十二月二十日にストライキが中止された直後、被申請人は本件申請人中斎藤由起子を除くその余の七名を含む組合幹部合計八名に対して、進退伺とともに、退職願をも提出することを求めたので、右の八名は、十二月二十日にやむをえず、被申請人の示した案文に従つて進退伺とともに、退職願を被申請人に提出したところ、即日被申請人は、この退職願を承諾して、各雇傭契約を合意解除することとし、
四、また申請人斎藤由起子は、雅叙園観光従業員組合の一員として、前記のストライキに最後まで参加したところ、被申請人はストライキ中止後同人に対して、十日間の出勤停止を行うとともに従来のルームメイドの職場からロビー係にその配置を転換し、同人がストライキに参加したことの故に不利益な差別待遇をしたので、同人はこれを不満として五日間、無断にて欠勤したところ被申請人は昭和二十七年一月二十八日に同人に対して同年二月十七日をもつて、懲戒解雇する旨の意思表示をした。
五、しかしながら、被申請人と申請人佐藤、同武田、同町居、同高橋、同加賀沢、同難波、同飯田との間における雇傭契約の合意解除、並びに被申請人の申請人斎藤に対する懲戒解雇の意思表示は、いずれも、申請人等の行なつた争議行為を理由とする不当労働行為であるから、右の各法律行為は、憲法第二十八条に違反する憲法上無効なものであると云い得るのみならず、また公序良俗に反する法律行為としてその効力を生じないものであり、更に申請人斎藤に対する懲戒解雇については、就業規則の適用を誤つた点からしても無効である。
六、以上の如く申請人等に対する解雇は、いずれも無効であるので、申請人等は現在なお被申請人会社の従業員たる法律関係の存在することの確認を求める本案訴訟を提起すべく準備中であるが、本案判決確定までの間、労働者が被解雇者として取扱われることは、著しい損害であるので、これを避けるために、本件仮処分命令を申請する。
というのである。なお、被申請人と前記申請人等七名との間における雇傭契約合意解除の無効なる点について、申請人等は別紙書面のとおり主張した。
第二当裁判所の判断
一、疏明によれば、申請人等がいずれも被申請人会社に雇傭され、その本店の従業員として勤務していたところ、申請人斎藤を除く其の余の申請人七名が昭和二十六年十二月二十日に被申請人に対して退職願を提出し、同日被申請人がこの申出を受諾したこと、並びに申請人斎藤が昭和二十七年一月二十八日に被申請人から同年二月十七日を以て懲戒解雇する旨の意思表示を受けたことが一応認められる。
二、そこで先ず、被申請人と申請人佐藤、同武田、同町居、同高橋、同加賀沢、同難波、同飯田との間に成立した各雇傭契約を解除する旨の前記合意が無効なものであるか否かについて判断する。
(1) 疏明によれば
(イ) 被申請人会社の従業員は雅叙園観光従業員組合を組織し、申請人佐藤はその組合長、その余の申請人武田、同加賀沢、同町居、同高橋、同難波はいずれもその執行委員であつたところ、右組合は、昭和二十六年十一月十三日に被申請人に対して、三十六%の賃金引上げ(一万四千円ベース)と新ベースによる一ケ月分の賞与の支給を要求し、その後同年十二月十日以降十七日に至る間前後五回に亙つて、被申請人と団体交渉を行なつたが、終に交渉が決裂し、十二月十七日午後二時三十分以降ストライキが行われ、その際組合の執行委員であつた右記申請人等六名は闘争委員となり、申請人飯田は青年行動隊長に選出されて、いずれも右組合の幹部としてストライキを指導したこと、
(ロ) 右組合が被申請人と最後に団体交渉を行なつた十二月十七日午後二時頃から交渉場所の近辺に数名のボクサーが入り込み団体交渉が決裂するや、これらの者は他の数名の力士とともに警備員の腕章をつけて組合員の館内通行又は出入を阻止して組合員相互の連絡を暴力により妨害したほか、ピケツト中の組合員に干渉し、また、被申請人会社の伊藤総務部長は、ストライキ突入直後数名の力士とともに、組合事務所の明渡を強行し、更にストライキ中被申請人は女子従業員を「家から電話だ」といつて呼び入れ、ストライキの中止を強要するような事例もあつたために、この間被申請人がスト中の組合員に対して、ストライキを中止して会社に復帰する者には賞与及び餅代を直ちに支給すると発表したことと相俟ち、当初ストライキに参加した約百三十名の組合員は、十九日の午後に至ると、約五十名に減少したこと、
(ハ) この間組合の加盟するホテル従連の会長春日藤喜は本件のストライキを收拾するため個人の資格において被申請人会社の代表者松尾に面会を求めていたが、同月十九日午後被申請人会社本店において社長松尾国三と会見するに至つたところ、その際松尾は春日に対して、今回のストライキを不当なりとし、それに対する責任上闘争委員に進退伺を提出せしめることを条件として、ストライキに最後まで参加した者の復職を認める意思のあることをほのめかしたので、春日は組合へ被申請人の意向を伝えた上で回答することとして別れ、同夜直ちに、ホテル従連の組織部長たる林国寛をして右会談の内容を組合員に伝えさせたところ、組合は多数決をもつて、この被申請人の提案を受諾することとし、翌二十日午前零時をもつて、ストライキを中止する旨の決定をした。そこで、右林組織部長は、二十日午前一時頃被申請人会社本店に麻生総務課長を訪ねて、組合の前記決定の趣旨を伝え、その際、一、争議行為は昭和二十六年十二月二十日午前零時をもつて取止める。一、闘争委員を除き組合員は、二十日午前十時までに各職場へ復帰する。但し会社案を承認する。一、闘争委員の取扱に関しては別に二十日中に協議決定する等の事項を確認した。その後二十日朝、組合幹部を除くその余のストライキ参加者が職場に復帰した後、ホテル従連会長春日は正式に組合より本件ストライキの処理を委任されたので、再び被申請人会社代表者の松尾を訪ねて、十九日夜の前記組合決定を伝えたが、社長は同人に対して、最高幹部一名乃至二名は進退伺のほかに辞職願をも提出してもらいたいと述べ、更に協議を進めるうちに被申請人は闘争委員のうち積極的な活動家約十四名にも辞職願の提出を要求するに至り、其の後交渉を重ねた結果結局その人数を前記申請人七名をふくむ合計八名に減少したこと。
(ニ) 春日会長より右のような経過について報告をうけた前記申請人等七名は、闘争委員として、他のストライキ参加者に対して被申請人が本件ストライキを理由として、不利益な取扱いをしないことが保証されるならば、本件ストライキの責任を負うこともやむを得ないと考え、各自「今般の争議において指導的地位にあつた事に依り、この度の妥結に当り勤務に戻りたき意向あるも此の度会社側の意向を御伺い致します」という文面の進退伺と「私儀今般一身上の都合により退職致します」という退職願とを、被申請人会社代表者松尾国三宛に提出し被申請人においてこれを受領したこと。
(ホ) その後申請人等七名中佐藤を除くその余の者は、昭和二十六年十二月二十九日に、申請人佐藤は、同月三十日に、それぞれ何等異議を述べることなく退職金を受領し、また右申請人等が、翌二十七年一月十一日より二十四日に至る間に、被申請人から離職票の交付を受けたこと、並びに右申請人等の受領した退職金額が申請人等の代理人たるホテル従連会長春日の要請に従つて、被申請人会社の退職金支給規定によらず、特に被申請人による一方的解雇の場合におけると同額に増加されたこと。
を一応認めることができ、乙第五号(伊藤定澄陳述書)同第二十号(麻生真吉陳述書)中、右認定に反する部分は、他の疏明資料に照らし措信することができない。
(2) よつて案ずるに、労働組合法第七条第一号は、使用者が労働者の正当な組合活動を理由として、労働者を解雇し、又は労働者に対して不利益な取扱をなすことを禁ずるもので、同号の違反が成立するためには、使用者の不当労働行為意思のほか不利益な取扱等の行為を必要とすることは云うまでもない。而して同号は、憲法第二十八条に保障された勤労者の団結権の侵害を禁ずるものであつて、単に使用者が一方的に為し得る行為に限定して規定されたものとは解されず、たとえ使用者と労働者との合意の効果として解雇又は不利益な取扱等と同様な結果を生じ、従つてかかる結果の発生が、相手方たる労働者の意思表示の如何にかかつている場合においても、前記団結権を侵害する限り右第七条第一号の禁ずるところと考える。
そこで如何なる場合に、かかる合意が労働組合法第七条第一号に違反するかについて考えるに、本来合意の成立には動機の如何を問わないから、合意において明示又は黙示に不法な動機が表示され又は目的とされる等例外的な場合を除いては、動機の如何によつて合意の効力が左右されることはないものといわねばならない。それ故労働組合法第七条第一号のように使用者の動機の如何により特定の行為を禁ずる場合において、使用者と労働者との間に成立した合意が同号に違反するといい得るためには、先ず前示のように、使用者の差別待遇の意思にもとずく動機が表示され、又は、合意の目的とされることを要するものと云わざるを得ない。
しかしながら、たとえこのように、合意の成立に当つて、使用者のかかる動機が表示され或いは合意の目的となつている場合にあつても、労働者の側において、その合意の成立を欲する場合、或いはたとえ、積極的にかかる合意の成立を欲しないにしても、労働者が使用者のかかる意図に盲従することなく、使用者の動機とは別個の見地から合意の一方の意思表示をなす場合等は、雇傭契約関係についても、原則的に契約の自由或いは労働者の退職の自由を認めざるを得ず、またかかる範囲において、労働者に雇傭契約関係の自由なる処分を認めることが、何等団結権の保障の本質に反するものとは云い得ない以上、これを以て直ちに勤労者の団結権に対する使用者の侵害と解することはできず(以上のことは使用者が一方的に解雇しその効力について争があつて、その後に法律関係を確定するためになす和解契約の効力についても同様である)、従つて使用者が不当労働行為意思をもつて、労働契約の解除又は労働者に対する不利益な取扱に関する合意を成立せしめる場合のうち(使用者が不当労働行為意思をもつて、労働者に勧奨して合意の一方の意思表示をなさしめ、これを使用者において承諾して合意が成立する場合も同様である)かかる動機が表示され又は合意の目的とされており、しかも労働者において、この使用者の不当労働行為意思を明示又は黙示にそのまま容認して、その実現を主たる目的として合意の一方の意思表示をなし、合意を成立せしめたことが認められる場合については、労働組合法第七条第一号に違反する不当労働行為が成立するものといわざるを得ない。蓋しかような合意は使用者の不当労働行為を主たる目的とするもので、合意の形式を利用して、不当労働行為意思を実現した一つの場合というべく、右同法第七条第一号に違反することは明らかであるといわねばならぬ。
もつとも、労働者が自由意思に従い合意を成立せしめても、労働者が自発的に、即ち使用者の申込み又は誘因がなくとも、なお労働者において、当該合意をなす意思を有していると認められる場合を除いては、すべてその合意は使用者の影響のもとになされたもので、従つて、使用者に不当労働行為意思の存することが認められる限り右同法第七条第一号に違反すると考えられないでもないが、労働者の合意の自由、或いは団結権保障の本質等を併せ考えると、当裁判所は、労働組合法第七条第一号に違反する合意の限界をこのように広く解する見解を採用することができない。
よつて本件においてこれをみるに、前記認定の事実によれば、被申請人が前記ストライキを不当のものとして、これを指導した申請人等を嫌忌しその責任を追及せんとする意図のもとにホテル従連会長春日を通じて組合に対し申請人等より進退伺及び退職願を提出することを要求したことが認められ、前記ストライキが違法であるとの疏明のない本件においてはこれを正当な組合活動と認めるほかなきを以て、被申請人の右要求は正当な組合活動を理由とする不当なものと言うほかなく、また前記認定の事実によれば、組合が被申請人の右要求を折衝の上承認したので申請人等七名が同人等が組合の幹部として組合の要求を貫徹するためストライキという争議手段に訴え、これについて指導的役割を果したことに対する責任を負う趣旨を進退伺をもつて明にし、併せて他のストライキ参加組合員の復帰を円滑にし同人等に対する不利益な差別待遇が行われることのないようにせんがため、被申請人の右要求に応じて被申請人に対し進退伺及び退職願を提出し退職を申出で被申請人がこれを承諾したこと、被申請人が右進退伺などの要求を為した当時においては前記ストライキの形勢が甚しく組合側に不利であり、ストライキ参加者も次第に被申請人により切崩されてストライキ開始当時の約三分の一に減じ剰え年末を間近かにひかえた際のこととて更にストライキを続行する気力なく一刻も早く事態を收拾することを望み組合として相当急迫した状態にあつたことが伺われ、また疏明によれば、被申請人は組合に対し、はじめ前記ストライキの責任を負うものとして組合幹部の進退伺の提出を求め、次いで更に幹部一、二名の退職願の提出を求め、終りには幹部全員十四名の退職願をも提出することを求めるに至つたが、進退伺及び退職願の提出は前記ストライキの責任を負う趣旨であつて、必ずしもこれを提出したもの全員を退職せしめるものでないことなどを述べ、終始申請人等が自発的に前記ストライキの責任を負う形式をとらせようとしていたこと、組合はこれに対し結局退職願を提出する者を前記申請人等七名を含む八名に減じ退職金につき特別の措置をとることにして、既に前記ストライキも終り組合幹部を除くその余のストライキ参加者が職場に復帰した後において、被申請人の前記要求を承認したが、組合は交渉の経過並に被申請人の前記言明等から進退伺及び退職願を提出しても退職の如何は一に被申請人の意嚮によつて決せられ必ずしもその全員が退職するものとは考えないままに交渉を進め専ら被申請人の意嚮に従う趣旨にて前記のように被申請人の要求を承認したことが伺われるので、以上の事情を綜合すれば、申請人等が退職願を提出しなければ被申請人より解雇されるとの事情その他特段の事情の疏明のない本件においては、申請人等が退職願を提出しない場合を考えその得失を比較考慮して退職願を提出するに至つたものとは考えられず、唯組合と被申請人との前記交渉の趣旨に従い専ら前記ストライキの責任を明にする趣旨にて前記退職願を進退伺と共に提出したものと認めるほかない。もとより、以上の事情をもつて直に、申請人等の前記退職願の提出をその真意に基かないもの或は甚しい急迫の事情のもとになされ私法上当然に無効のものと認めるには由ないが、申請人等の進退伺及び退職願を受領するに際して、申請人等の退職願の趣旨を被申請人において十分了知していたと認められる本件においては、かような退職願の提出並にその受領によつて成立した各雇傭契約を解除する旨の合意は、申請人等において前記被申請人の要求をそのまま容認して、前記ストライキの責任を問うという不法なる事項を主たる目的として為された合意と認めるほかないものと言わざるを得ない。然らば右合意解除は、労働組合法第七条第一号に違反しその効力を生ぜざるものと言わざるを得ない。
なお、申請人等が昭和二十六年十二月三十日までに、退職金を、また翌二十七年一月十一日より二十四日に至る間において、離職票をいずれも異議なく被申請人から受領していることは、前記認定のとおりであるが、疏明によれば、申請人等がこのように退職金或いは離職票を受取つたのは、未だ本件合意解除の効力について当事者間に何等の争も生じていない間において、単に前記退職の合意に附帯する被申請人の債務の履行を受けたにすぎず、従つて、被申請人と申請人等との間における雇傭の法律関係について、争が生じた後に、互譲して、その法律関係を確定することにより、紛争を解決する意思で、退職金を受領したことが認められるような場合と、その事情を異にすることが認められるから、当事者間に和解契約等が成立したことを認めることはできない。
然らば、右申請人等七名と被申請人との間には現在従前の雇傭契約関係が存続しているものといわざるをえない。
三、申請人斎藤由起子に対して、被申請人が昭和二十七年二月十七日附にてなした懲戒解雇の意思表示の効力について考えるに、疏明によれば右申請人が昭和二十七年一月四日、同月六日より十日まで及び同月十二日より十四日までの間いずれも無断欠勤したこと、並びに被申請人会社の就業規則第四十二条第四十三条によれば無断欠勤日数が五日を超える場合には懲戒解雇をもなしうる旨定められていること、は認められるが、一方においてまた、申請人が本件のストライキに最後まで参加していたこと、申請人は昭和二十六年十二月二十日に、右ストライキの終了後被申請人から、出頭通知があるまで自宅で休んでいるよう命ぜられ、同月二十九日まで、その出勤を停止されていたこと、右同月三十日に出勤すると、被申請人から職場配置転換を命ぜられ、従来のルームメードからロビー係に配属されたこと、申請人はこの配置転換が被申請人の不当労働行為であると考えて、これを不満に思い無断欠勤をしたことが認められる。そこで先ず、申請人に対する配置転換が被申請人の不当労働行為であるか否かについて考えてみるに、前記二、(イ)乃至(ハ)の事実、或いは疏明により認め得る被申請人が昭和二十七年一月に本件ストライキの不参加者にのみ金千円宛のお年玉を支給したこと、等を考えあわせれば、被申請人が組合或いは本件のストライキ参加者を嫌忌し、これらの組合員に対して、差別待遇の意思を有していたことは容易に推察できるところであり(もつとも、疏明によればホテルにおいて従業員の配置転換が必要であるにかかわらず、被申請人会社においては、長く人員の配置転換を行わなかつたこと、或いは昭和二十六年十二月中旬以降に酒場、グリル、ホール等の新設改修等が完了し、人員の配置転換の必要が生じたことは認められるが、他方争議終結直後である右同年十二月二十七日及び三十日に行われた配置転換においては、申請人をふくむ大部分が争議参加者であることが窺われるから、なお右の認定を左右するに足りない)更に、申請人が新たに配属されたロビー係の、当時における勤務内容は、共同便所、階段、廊下、ロビーの掃除等、従来未経験者或いは雑役等が従事していたようなものであつて、同人の過去におけるルームメードとしての勤務とは相当懸隔があり、申請人とともにロビー係へ配置転換された他の二名の女子は、この転換を不満として、その後自から退職していることを考量すれば、ルームメードよりロビー係への配置転換は、申請人に対する不利益な取扱であるといわざるを得ず、従つてこの配置転換は、被申請人の不当労働行為ということができる。
然らば申請人の無断欠勤日数が五日を超え、而も従来無断欠勤五日を超過した者が懲戒解雇された事例の存することが疏明により認め得るとはいえ、なお、申請人の本件無断欠勤の直接の原因が右のような、被申請人の不当労働行為にある以上、これを以て、就業規則所定の懲戒事由に該当するものとなすことは著しく信義に反し、従つて申請人の右所為は、就業規則第四十二条に該当しないものと云わざるを得ないから、被申請人が昭和二十七年二月十七日附にて申請人に対してなした懲戒解雇の意思表示は無効なるものといわざるを得ない。
四、そこで右申請人等八名が本件仮処分を求める必要性の有無について考えるに、右申請人等が被申請人会社を唯一の職場として、そこより得る賃金によつて生計を維持していることは、本件疏明によつて一応推認し得るところであり前記のように被申請人と申請人斎藤を除くその余の申請人との間において成立した、退職の合意及び被申請人の申請人斎藤に対する解雇の意思表示がいずれも無効であるのに同人等が被申請人会社の従業員たる地位を失つたものとして、取扱われることは、現下の社会経済の状況のもとにおいては、甚だしい損害にして、容易に回復し得ないものと一応考えられ、右申請につきこれを左右すべき事情につき、特段の疏明がないから、右申請人等について被申請人との間の前記法律関係の確定を求める本案訴訟の確定に至るまで、仮に右法律関係を設定する必要あるものと云わざるを得ない。
よつて申請人等の本件申請はいずれもその理由ありと認めるところ、申請の趣旨並に理由に照し主文掲記の如き仮処分命令により一応右目的を達するに十分であると認められるので主文の通り決定する。
(裁判官 脇屋寿夫 西迪雄 田島恵徳)
(別紙省略)